よしじま いなり じんじゃ
吉島稲生神社
     吉島稲生神社の由来
御祭神
宇迦之御魂神 (素戔鳴尊の御子)
大歳神 (素戔鳴尊の御子)
吉島稲生神社は天明7(1787)年3月、空鞘稲生神社の分祀としてこの吉島の地に建立されました。
その昔、浅野藩は藩の安泰を計るための守護神とされたもので、五穀豊穣、商売繁昌、家内安全の祈願で庶民に親しまれたお社です。
2006(平成18)年6月16日新聞報道でここ吉島稲生神社に被爆樹木が残っていることでこの神社を知ったのです。
新聞には吉島稲荷(いなり)神社とわざわざ振り仮名をふっていましたが、訪れてみた神社設置の由来版には、吉島稲生神社とありました。市内で稲生神社、稲荷神社がそれぞれあり、由来版では稲荷と記述しているが銘版石碑をみると稲生と刻まれたりしていたりと文盲率が高かった時代はそう神経質になっていなかったのかも知れないと思ったのですがわたしは。
06.07.26裕・記編集
   関連頁:(吉島稲生神社)被爆樹木

06.07.15撮影
広島市中区吉島西1-8-6

06.07.15撮影
社殿 と 社務所

06.07.15撮影
神殿 と 拝殿



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