だいがんじ
大願寺

  亀居山放光院・大願寺の開基は不明ですが、建仁年間(1201〜1204)の僧了海が中興の祖と云われる真言宗高野山派のお寺です。本尊薬師如来、脇士不動、毘沙門天。
後奈良天皇の享禄年間(1528〜1532)から明治まで厳島神社の普請奉行として寺院の修理・造営を一手に担い、千畳閣、五重塔、多宝塔などから形成される“厳島伽藍”の中心をなしていた名刹です。
大願寺の厳島弁財天は、江ノ島神社(神奈川県)、竹生島の宝厳寺(滋賀県)と共に、三大弁財天と称されています。
また、慶応2(1866)年9月(軍艦奉行)勝海舟(1823-1899)と長州の使者(広沢兵助・井上聞多など)との和平会談(幕兵が撤退する時長州兵が追撃しないことなどを条件として休戦交渉の協定を成立)が寺の一室(書院)で行われたそうです。
※勝は単独渡島し、宿所は塔の岡の粟屋三兵衛の家で旧宮島町役場の右手前角であったそうです。
  07.11.19追記  06.01.31裕・記編集
   関連頁:(境内の)九本松

’06.01.03.撮影
広島県廿日市市(旧佐伯郡)宮島町北大西町3  山門(厳島神社の出口附近からみました)

’06.01.03.撮影
本堂

’05.11.03.撮影
厳島弁財天
福徳、医薬、智恵、生産、海運、音楽、弁論等などを御誓願とする七福神の中の御一神

’05.11.03.撮影
廿日市市天然記念物の九本松
こうや(さん)は
高野(山)派
真言宗の一派。高野山金剛峰寺が総本山。1900(明治33)年高野派を公称。のち大覚寺派・御室派と合同して古義真言宗と称したが、1946(昭和21)年高野山真言宗として独立。



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