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岩尾山興善寺(いわおざんこうぜんじ)宝勝院は真言宗のお寺です。広島新四国八十八ヶ所霊場・第六十四番で本尊は阿弥陀如来です。
知新集によると、僧仙が毛利氏より寺地を賜り、慶長3(1599)年宝勝院を創建したとあり、境内には(鎮守)碇大明神の社や、稲荷大明神の社があると記述があります。
お寺の縁起を拝見すると、往古よりここ箱島(白島の古名)に祀ってあった掟明神社を造営しその別当として、広島城築城奉行・二宮太郎右衛門就辰の子孫・増仙法印を開基として伽藍一を建立させ社領五百石を給わったが、福島正則の代に寺領を没収されました。明治初(1868)年神仏分離で碇神社と境内を分離縮小されました。昭和20(1945)年8月6日原爆により諸堂ごと焼失しました。
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| 広島市市民局国際平和推進部作成の被爆樹木の資料を見てこのお寺にもあったのかと訪ねたのです。 別資料をみて、宝勝院碑、墓石などが被爆したものとして記載がありました |
| 爆心地より≒1820m 被爆当時町名も白島九軒町 |
| (水子)地蔵尊が昭和51(1976)年よりお祀りされている処に被爆した椿があるのですが撮影に行った時、若いご夫婦がお参りされていましたので、少し離れた処でお参りが終わるのを待ったのです。 |
| 05.11.17裕・記編集 |
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’05.11.03.撮影 |
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’05.11.03.撮影 |
本堂は1951(昭和26)年9月23日再建されましたが、
老朽化したことで1974(昭和49)年新本堂が建立されました |
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| 庫裏は1979(昭和54)年竣工のようです |
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| (境内の)被爆樹木ボダイジュ・ツバキ |

’05.11.03.撮影 |
| 中区白島九軒町12-4宝勝院内、被爆樹木・ボダイジュ |
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被爆樹木 ボダイジュ
A-bombed tree
Tilia Miqueliana
爆心地から1820m
Approx. 1820m from hypocenter |
| このボダイジュは、1945(昭和20)年8月6日の原爆にも耐え、生き残りました。1974(昭和49)年に新本堂が建立された際に、現在の場所へ移植されました。 |
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’05.11.03.撮影 |
| 中区白島九軒町12-4宝勝院内、被爆樹木・ツバキ |
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’05.11.03.撮影 |
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被爆樹木 ツバキ
A-bombed tree Camellia
爆心地から1820m
Approx. 1820m from hypocenter |
| このツバキは、1945(昭和20)年8月6日の原爆で焼失しましたがその後、根元から芽を吹き返しました。1974(昭和49)年に新本堂が建立された際に、現在の場所へ移植されました。 |
(水子)地蔵尊がお祀りされているので人形やおもちゃがたくさん供えられていました。
地蔵菩薩は、地獄の三途の川のほとりにある賽の河原で責め苦を受ける、幼くして死んだ子供を助けることから、水子たちを地獄で守ることから、子供を亡くした親たちは水子地蔵に、せめてあの世で子供を守ってくださるように祈る・・・・ |
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