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高原山 明教寺は浄土真宗本願寺派のお寺です。
知新集によると、古くは西本願寺派で高田郡高田原村高林坊末寺であったが寛延3(1616)年11月東本願寺派へ改派した。元祖は西願で、毛利氏が広島開発のとき当地に明教寺を建立した。
(毛利氏長門へ移封の時、実子・浄教へ譲り、自分は毛利氏について長門へ行き明圓寺を創建した。) |
| 資料には被爆したものとして、墓石、石碑と記述がありました。石碑は入ってすぐに目に入りましたが、墓地は新しく整備されたようでしたので、縁無いわたしですので、ズカズカと入ることをためらい、墓石は撮影していません。 |
| 爆心地から≒500m 被爆当時町名も猫屋町 |
| お寺がある猫屋町は、旧西国街道沿いにあり、府中町松崎八幡宮の神官の出と伝えられる加藤九郎左衛門が猫屋という屋号の店を開いたのが町名の由来と聞きますが、あまりきたことがないところで、この明教寺を訪ねるのははじめてで地図を頼りに訪ねました。被爆したと思われる記念碑の文字が読めない情けなさでしたが、大正7(1918)年建立で、石碑が2つに割れた跡があることから資料にある被爆した石碑がこれだなとはわかりました。 |
| 08.02.15裕・記編集 |