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日蓮宗寺院である国前寺は、「國前寺縁起」によると、暦応3(1340)年に安芸の国を訪れた日蓮の弟子日像が、尾長山の麓で草庵を営んでいた僧暁忍に出会い、この時暁忍が日像に師事し、寺(暁忍寺)を開いたのが始まりといわれています。その後、明暦2(1656)年に広島藩の二代藩主である浅野光晟とその妻満姫(=自昌院)の菩提寺となり、寺名を自昌山國前寺と改称しました。これを契機に本堂{
寛文11(1671)年建立}、庫裏などの諸堂の造営が行われ、寺観が整えられました。
平成5(1993)年に(被爆建造物)本堂と庫裏が国の重要文化財に、平成7(1995)年に山門と境内地が広島市の重要有形文化財に指定されました。 |
| 爆心地より≒2600m 被爆当時町名は尾長町 |
| 2006年1月交流ウォークで訪ねたときは工事用の足場が解体され外部工事がほぼ終わり内部の工事が進んでいました。 |
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寺名は、浅野藩菩提寺国泰寺の『國』、満姫生家前田氏の『前』を取ったものだそうです。 |
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国前寺は三次市に伝わる化物語の主人公、妖怪退治で有名な稲生武太夫(いのうぶだゆう)が妖怪の大将からもらったばけもの木槌が伝わっていますが、撮影禁止で画像はありませんが稲生祭の頁を編集しました。 |
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| 資料は説明板他を参考にしました |
06.06.05追記 04.04.02裕編集 |
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03.08.29撮影 |
広島市東区山根町32-1
山門は天保11(1840)年に建築された(棟札によりわかるそうです) |
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05.06.07撮影 |
鐘楼は明治39(1906)年再建されたもの。
(本堂は解体修理中で竣工2006年6月予定だそうです) |
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03.08.29撮影 |

03.08.29撮影 |
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