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被疑津神社の境内は広く、爆心地からの距離は1680m〜1850mといわれています。
原爆被災説明板(の写真部分)は1800mと記述してあります。 被爆当時町名も二葉の里。 |
おじさんの原爆記(No4、N05)にもありますが常盤橋(常葉橋)東西両端は大火災につつまれていたそうで、おじさんもこの饒津神社の火災を目撃しています。
松並木が焼失し石燈籠が倒壊してる饒津神社だったのですが、被災者が市内方面から続々と避難してきたと、現在は饒津神社横(京橋川沿い)の道路は拡幅され駅から牛田方面へのメイン道路となっていますが、被爆当時は狭い道路でしたが、歩ける人たちは牛田方面などに避難して行ったと聞きます・・・ |
| 07.06.29追記 03.06.10裕記編集 |
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