みくまり じんじゃ    
(府中町) 水分神社
  (府中町)水分神社は、貞観元(859)年に従五位下を授けられた安芸国分寺天神の名残と考えられ、鎌倉時代には、八幡宮・総社・角振社などとともに国の年貢を納めなくてもいい免田が認められるなど、古い歴史をもつ神社です。水分には水配りの意味があり、府中地域の水の神として祀られた神社で、旱魃の時には雨乞いの祈祷がたびたび行われた事が江戸時代の記録に残されているそうです。 
※日本の神道では、弥都波能売神(みずはのめのかみ)を水神・川の神として祀っている神社が多く、水分神社の名が付くものはほとんどがこの神が祭神であるそうです。
資料は神社横に設置されている説明板他を参考にしました       05.07.23追記    01.10.07裕・編集

’01.10.07 撮影






誰もいない小さな祠がある神社です
広島県安芸郡府中町みくまり3丁目

’01.10.07 撮影

そうしゃ
総社

 「そうじゃ」ともいい、惣社とも書く。一定の地域内に鎮座している神社の祭神を勧請(かんじょう)して、特定の一神社に合祀し、その地域の集約的な祭祀を行うものとされる神社。一郡、一郷の総社もあるが、一般的には一国の総社をいう。一国の総社の成立はかならずしも明確ではないが、国司が班幣その他の祭祀にあずかる国内の主要な神社を巡拝するかわりに、便宜上、国府の近くに勧請・合祀して祭祀したものといわれ、平安中期ごろに発生したと考えられている。
 府中町本町三丁目2番街区に平安時代の建立といわれた、総社があって府中北部の氏神社として春祭、秋祭、流鏑馬などでにぎわったが、安芸郡の地に造営されながら長くその所在がわからなくなっていた「多家神」をめぐって松崎八幡の氏子との争いが絶えず、明治7(1874)年松崎八幡とともに廃社とされ、多家神社に合祀されたそうです。

角振社

 府中町本町三丁目8番街区の山王社は、角振社の末社で、天文年間(1532〜1554)に本社角振社殿が朽ち果てたことにより山王社に合祀され、そのまま山王社と称したと言われているそうです。
資料:府中町の資料、小学館版『日本大百科全書』ポケット版を参考にしました



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