宇品中央公園

  宇品に海港を求めた千田貞暁の内務省への申請から1889(明治22)年開港した宇品港であったが経済発展としての港ではなく1894(明治27)年の日清戦争を機に‘軍都廣島’の港として日本の大陸侵略の任務を持た港だったのでした。
この宇品中央公園は元陸軍船舶司令部跡地という事で軍関係の碑が僅かにその面影を残すだけとなっていますが、今年2003年被爆58年の暑い夏を迎え“平和都市広島”がクローズアップされますが“軍事都市”として発展してきた歴史を忘れてはならないと思いここを訪れたのです。
06.01.22追記   03.08.09裕・記編集

03.07.21撮影

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南区宇品海岸3-10 宇品中央公園の標示板 宇品中央公園 宇品中央公園

03.07.21撮影

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明治天皇御駐驛趾碑 旧蹟陸軍運輸部船舶司令部碑 平和の礎碑 平和の礎碑(裏面)全国強制抑留者協会
06.0122追記

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宇品凱旋館建設記念碑 「港」の歌碑由来 「港」の歌碑 みなとの歌の碑盤
宇品港概歴
1880 明治13年 広島県令に任命された千田貞暁(さだあき)の赴任※1
1884 明治17年 広島に良港という物がなかった、禄を失った旧浅野藩の士族の救済という事で
総工費87,100円※2の予算で工事が開始されました。
1889 明治22年11月 宇品港竣工総工費は30余万円※3に昇ったそうです。
造成された207haのうち170haが士族の共有とされたそうです。
1922  大正11年 埋立法により「宇品港」と指定
1932  昭和7年 港域を拡大し、「宇品港」を「広島港」に改称



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