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1889(明治22)年に開港された宇品港は、日清・日露戦争を契機に、1945(昭和20)年まで主に旧陸軍の軍用港として使用されてきました。その中心的役割を果たしてきたのが、1902(明治35)年に軍用桟橋として建設されたこの六管桟橋です。この六菅桟橋は戦争中は多くの兵士を送り出した一方、多数の無言の遺骨の帰国を迎え、広島の歴史を見守ってきた貴重な証言者です。また、築港当時の唯一の施設であり歴史的、建築的にも高い価値があります。
戦後は、海上保安庁の船舶の係留に利用されてきましたが、1万トンバースの増設に伴い、護岸としてのその姿を残しています。宇品港の名称が改められて広島港と呼ばれるようになってからも、ずっとその歴史を刻んできたこの桟橋は広島の歴史そのものです。桟橋の石積みを当時の護岸として保存し一部を展示しています。 広島県広島港湾振興局 |
| 06.01.23追加 03.07.26裕編集 |
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03.07.28撮影 |
| 広島市南区宇品海岸3-12 宇品波止場公園 |
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03.07.28撮影 |
| 六管桟橋(一部)跡を北西よりみる |
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03.07.28撮影 |

03.07.28撮影 |
| 説明板でその存在の一端がわかります |
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| 説明板を少し大きくしてみました |
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