|
今は廃線になった軍事輸送専用として設置された宇品線の跡と軍港として僅かに残る陸軍桟橋跡がありますが、「海と島の博覧会」のシンボルタワーだったパラダイスの塔がシンボルタワーとして目立っていました。
公園として整備されているからでしょう、休日という事で釣りを楽しむ人達で溢れていました。今の社会情勢を反映しているのでしょう?塔の下の空間はホームレスの人達の雨露をしのぐ場所と化しているようでした。 |
| おじさんの原爆記の資料にと2003年はじめて訪ねたのです。2005(平成17)年12月交流ウォーク時に銘板石の裏側に刻まれた文字をみてこの公園が「平成2(1990)年3月竣工」とでわかりました。 |
| 06.01.23追加 03.07.26裕・記編集 |
|
| 1880 |
明治13年 |
広島県令(いまでいう県知事)に任命された千田貞暁(さだあき)赴任※1 |
| 1884 |
明治17年 |
広島に良港という物がなかった、禄を失った旧浅野藩の士族の救済という事で
総工費87,100円※2の予算で工事が開始されました。 |
| 1889 |
明治22年11月 |
宇品港竣工総工費は30余万円※3に昇りました。
造成された207haのうち170haが士族の共有とされました。 |
| 1922 |
大正11年 |
埋立法により「宇品港」と指定 |
| 1932 |
昭和7年 |
港域を拡大し、「宇品港」を「広島港」に改称 |
| 1946 |
昭和23年 |
広島港は開港指定を受け築港以来はじめて軍事的制約が離れ国際貿易港となりました。 |
| 1949 |
昭和26年 |
国の重要港湾に指定され整備拡充されて行くことになりました。 |
|
|
|
|
|
|
|
|