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| 千葉家住宅 所在地:広島県安芸郡海田町中居162-1 |
千葉家の先祖は、上総介平忠常で下野国真壁(栃木県)に住んでいましたが、後に信州国伊奈(長野県)に移り神保と号したと伝えられています。
永正(1504-1521)のころ、信胤は安芸国(賀茂郡西条附近)に移り、大内氏に属していたましたが、その後毛利氏に属し、小早川隆景の配下で活躍しています。
近世初頭になって、海田に来住し江戸時代を通じて、天下送り・宿送り役をかじめ年寄、組頭などの役職を勤めています。天下送りとは、幕府の公用文書や荷物などを継送する役のことです。そのほか、街道を往来する諸大名などが宿泊することもありました。屋敷は、数少ない江戸時代中・後期の建築様式を今に伝え、玄関は入母屋造り、座敷は数奇屋風書院造りで、寛政元(1789)年の建物略図も残り、主屋は表構・勝手構・座敷構に分かれ、座敷構から泉庭沿いに渡り廊下で連絡して浴室・雪隠(せっちん)等があります。 |
| 昭和63(1988)年11月1日 海田町教育委員会 |
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| 資料は説明板を参考にしました |
04.10.25 裕・編集 |
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