福屋百貨店・原爆被災説明板

  SRC造であった事から被爆倒壊はしなかったが、写真を見るとわかるように窓は吹き飛び内部は全焼したそうです、各階で仕事についていた方々の記録が無く何人の方々が死傷されたかわからないそうです。
爆心地から≒710m   (被爆当時町名も胡町)
  「おじさんの原爆記No9-2」を読んで被爆後2・3階が山口陸軍病院として機能した事を知り、また電車道を渡った西側・みずほ銀行の前に原爆被災説明板がある事を今回関係資料を調べて知りました。
そんな歴史を刻んだ福屋は、1951(昭和26)年第一次改修で被爆前の賑やかさを取戻しています、市内電車白島線は現在の通りから一本西側(牛田行きバスが通る道)の通りを通っていた事も今回調べて行くうちに知りました。
07.06.29再編集   03.08.02裕・記編集
   関連頁:(被爆した)福屋百貨店
被爆時の福屋(手前) 後ろは中国新聞社屋
福屋百貨店・原爆被災説明板
爆心地から約710m
  鉄骨鉄筋コンクリート造地上8階、地下2階建ての建物は、原爆の炸裂による強烈な爆風と震動を受け、すべての施設、器具類が吹き飛ばされました。また、全館が炎の海と化し、建物の中にいた多くの人が亡くなり、建物は骨組みと外郭だけを残すだけになりました。
被災した福屋百貨店 1945(昭和20)年9月 川本俊雄氏撮影    

‘07.02.17撮影
原爆被災説明板設置:広島市中区八丁堀16番
福屋百貨店:広島市中区胡町6-26
被爆当時の使用状況
8F 福屋百貨店・事務所
7F 広島貯金局
6F 中国海運局
5F 広島貯金局
4F 金属回収会社
3F 木材統制会社
2F 軍需管理局
1F 軍需管理局
B1F 福屋百貨店・雑炊食堂
B2F 陸軍通信隊
参考資料 広島市市民局国際平和推進部資料
ヒロシマ散歩 植野 浩氏著



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