| 1929 |
昭和4年 |
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広島で唯一の百貨店として創業 |
| 1938 |
昭和13年 |
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鉄骨鉄筋コンクリート造・地下2階地上8階搭屋2階として建てられました、
外装は淡黄色のテラコッタ(素焼)陶器を貼り、全館冷暖房設備がありました。 |
| 1944 |
昭和19年 |
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建物のほとんどが軍関係などに接収されました。
また、軍の命令で外装全体を黒褐色の塗装で塗られました。 |
| 1945 |
昭和20年 |
8月6日 |
原爆での倒壊はまぬれたが、爆風と熱線で内部は全焼し外郭のみ残りました。 |
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8月8日 |
臨時野戦病院として800人あまりの重傷者を運び込まれたそうです。 |
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8月9日〜 |
2・3階を山口陸軍病院として軍・民問わず被爆者の治療に当ったそうです。
(おじさんの原爆記より) |
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8月17日〜 |
(血便が出る患者の急増で赤痢患者として)2・3階は伝染病舎になりました。
(急性放射能障害と明かになる一ヶ月ほど伝染病舎として使用されたそうです) |
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| 1946 |
昭和21年 |
1月〜 |
1階の一部で配給酒の立飲み営業をはじめたそうです。 |
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04.04.19構造規模訂正 |