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1897(明治30)年3月宇品海岸通りに陸軍中央糧秣廠宇品支廠が創設されました。
1902(明治35)年陸軍糧秣廠宇品支廠と改称、1906(明治39)年宇品御幸通り西側に移転するための用地が確保され、倉庫・糧米所などの建設と合せて1911(明治44)年3月レンガ造の缶詰工場が建設され6月開設しました。
戦後、缶詰工場の(道路を挟んで)北側の食肉処理工場は、広島糧工が借り受けていました、その後カルビーが引き継いで菓子生産の工場で使っていましたが現在は倉庫になっています。 |
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缶詰工場 |
食肉処理場 |
| 竣工時期 |
1911(明治44)年3月 |
1911(明治44)年3月 |
| 爆心地から |
≒3210m |
≒3040m |
| 構造など |
鉄骨レンガ造、 平屋建 |
鉄骨レンガ造、 平屋建 |
| 現住所 |
南区宇品御幸町2-6-20 |
南区宇品御幸町1-12-23 |
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2005年11月まちづくり交流ウォークの時、郷土資料館館員の方に説明をしていただき、ここ宇品陸軍糧秣支廠では大きく食肉処理場と缶詰工場に分かれていたこと。牛大和煮の缶詰が主なものであったことを知りました。
現在、食肉処理場はカルビーの倉庫になっていますが、2006年2月廿日市市へ移転しこの建物は閉鎖され解体されることを知り撮影に行ったのです、既に工事用の仮囲いが設置されていました。 |
| 07.06.10裕・記編集 |