歩兵第十一聯隊跡

  明治時代大本営が置かれたてからは軍都廣島の中心として原爆投下目標都市となった事は周知のことですが、歩兵第十一聯隊の事もその碑がここにある事をわたしは知りませんでした,、原爆記の関連資料として撮影にでかけ、説明板を読んで1875(明治8)年歩兵第十一連隊となったことを知りました。
歩兵第十一連隊門柱は、被爆した構築物です。
爆心地から≒870m  (被爆当時の町名も基町でした)
関連頁:昭和20(1945)年頃の位置圖 07.05.25追記   03.08.02. 裕・記編集

’03.07.09 撮影
広島市中区基町21 (RCC中国放送南側・広島城お堀緑地帯)

’03.07.09 撮影
碑 表面

’03.07.17 撮影
碑 裏面、歩兵第11聯隊略歴   配置図
1873 明治6年 第五軍広島鎮台と改称、第二八大隊創設
1875 明治8年 (昇格して)歩兵第十一連隊となる
1882 明治15年 朝鮮半島で起きた‘任午(にんご)事変’に2個中隊を出動させる
1886 明治19年 広島鎮台、第五師団・司令部に強化さる(以後第十一連隊は基幹部隊として行動して行く)
1894 明治27年 (日清戦争二ヶ月前に)朝鮮半島に出動
以後(明治期)北清事変、日露戦争(大正期)シベリア出兵(昭和期)支那事変など干渉・侵略戦争のたびに派兵されて行った。
1941 昭和16年 軍政改革で歩兵第十一連隊は‘歩兵第一補充隊’と改称・再編され、
以後マレーシア作戦※に参戦すると共に南太平洋諸島に転戦
※原爆記を残したおじさんはこの作戦に参戦し負傷しました

’03.07.09 撮影
門柱の由来



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