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| 広島市市民局国際平和推進部作成の被爆樹木の資料をみてここにもある事を知り2005年撮影に行きました。 |
| 中國新聞を見ていて『教諭の方がこのプラタナスに傷があることを見つけ広島市に治療を依頼し、それを受けて市は樹木医・堀口力さんに治療を依頼、今(2009)年8月12日高所作業車を使い「患部」を削り落し、樹木の剪定するなどの治療を施した』ということを知りました。 |
わたしはこの辺りはほとんどきたことがない地区ですので地図をみながら訪ねました。
天満小学校も校門は閉めているのでインターフォンで被爆樹木と被爆者が描いた絵の碑を撮影したい旨を話しました。先生が出てこられ、樹木を案内していただき撮影が終わり校門から出ていくまで傍に居られました。 |
| 小学校の警備が厳しいことを以前訪ねた畑賀小で知っていましたが折しも帰宅後、矢野西小・一年生の女児が帰宅途中殺害されたという悲しい事件を知りました、小学校がますます閉鎖されたものとなっていかざるをえないのかと・・・ |
| 09.08.13追記 05.11.29裕・記編集 |
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05.11.22撮影 |
| 広島市西区天満町1-27 (天満小学校) |
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05.11.22撮影 |
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ひばくじゅ木 プラタナス
A-bombed tree Plane Tree
ばく心地から1270m
Approx. 1270m from the hypocenter |
| これらのプラタナスは1931(昭和6)年に卒業記念として植じゅされたものです。1945(昭和20)年8月6日の原ばくにより天満国民学校の校しゃは全かい・全焼し、多くの児童・教しょく員がぎせいになりました。プラタナスは、原ばくの熱線に焼かれたあとが大きなうろとなり、ポッカリとあなが空いています。 |
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05.11.22撮影 |

05.11.22撮影 |
| ※うろ(虚;空;洞)=内部が空(から)になっている所。空洞。 |
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