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厳島神社の大鳥居をいままで何回となく見ていても何となく見ていただけでした、今回少し詳しく観てみたのでした。
海面に、自然の重みで立っている事も何となく知っていましたが、観光客に説明していたガイドさんの話を横で聞いていると「大鳥居の屋根の直下に石ころ約7トンを‘おもし’として入れている」とかそんな事もわたしは知らなかったのです。 |
| 現在の鳥居は1874(明治7)年10月に建立にかかり、1875(明治8)年7月に完成した事も、1951(昭和26)年に水に浸かる下の部分だけを新しい楠に継ぎ取りかえられた事も、高さ五丈三尺三寸(≒16.59m)、棟の長さ七丈七尺八寸(≒24.24m)で本社・拝殿より百八間(≒156m)の処に建立されている事も、鳥居の額の文字が有栖川宮熾仁親王の染筆で沖側「嚴嶋神社」、神社側「伊都岐島神社」という事も知らなかったのです。そしてなによりも鳥居のお化粧直し(塗替)が2003(平成13)年4月に10年ぶりに行われた事も・・・・ |
| 1899(明治32)年4月5日国の重要文化財に指定されています。桧皮葺で丹(に)塗り。主柱の前後に袖柱を建て上下を貫でつなぐ両部鳥居(りょうぶどりい)の形式です。 |
いままで何度もみている大鳥居、2003(平成15)年ガイドさんの説明が耳に入り撮影してみようと思ったのです。
2003年宮島歴史民俗資料館を見学した時、大鳥居の資料で鳥居笠木小口に日光、月光が取付けられていることを知ったのですが、2007年になりましたがそのことを思い出し撮影しました、また鳥居額が新しくなったこともニュースで聞いていましたので撮影しました。
2006(平成18)年初詣は廿日市市となりました。厳島神社に詣で真横から大鳥居を撮影していなかったなと撮りました。 |
| ※2005(平成17)年11月3日、佐伯郡宮島町は廿日市市と合併、廿日市市宮島町になりました。 |
08.06.12追記 03.11.29裕・記編集 |
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07.11.03撮影 |

07.10.24撮影 |

07.11.03撮影 |
| あせび歩道よりみました |
平松展望台下よりみました |
山辺の古径よりみました |
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07.11.07撮影 |

07.11.07撮影 |

07.11.07撮影 |

07.11.07撮影 |
| 沖側「嚴嶋神社」 |
神社側「伊都岐島神社」 |
東側「日光」 |
西側「月光」 |
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05.01.03撮影 |

05.01.03撮影 |

05.01.03撮影 |

05.01.03撮影 |
| 厳島神社よりみる |
西側からみる |
真横からみました |
大願寺側からみました |
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03.11.16撮影 |

03.11.16撮影 |

03.11.16撮影 |

03.11.16撮影 |
| 宮島航路船よりみる |
参道途中から・・・ |
東側からみました |
満潮でした |
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03.11.16撮影 |

03.11.16撮影 |

03.11.16撮影 |

03.11.16撮影 |
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石灯篭と大鳥居 |
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「伊都岐島神社」 |
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| (宮島大鳥居の用材を)自前のクスノキで・・・ |
鳥居の耐久年数はおよそ120年くらいだろうといわれているようです。
現在の大鳥居に代わる建替え用材木の確保が急がれていますが国内でとなると見当たらないのではといわれています、外国産となると文化庁が認るかどうかといった問題点なども指摘されているようです。 |
| そこで宮島町包ヶ浦の国有林・悠久の森(0.8ha)に自前でクスノキを苗木から育て300〜400年後を見据えて用材を安定供給できるようにする計画(宮島千年委員会と広島森林管理署が森林整備の協定を結び)が2003年4月スタートし、2004年12月苗木(80cmが大きいもので2mに成長した)の点検や枯れた苗木の植替作業などがボランティア30名も加わり行われたことを報道で知ったのでここに取上げました。 |
| 08.04.18追記 04.12.07追記 |
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| 歴代 |
建立・再建 |
倒壊年代 |
用材採集地 |
| 初代 |
1168(仁安3)年 |
不明 |
不明 (創建については詳らかではない。 |
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| ☆ |
平清盛の仁安三年の造営から記録がありこれを初代と考えているのです |
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| 二代 |
1286(弘安9)年 |
1325(正中2)年 |
不明 |
| 三代 |
1371(応安4)年※ |
不明 |
真柱東 佐西郡八王子(広島市佐伯区利松)真柱西 佐伯郡宮内村薬師堂前(廿日市市宮内)その他宮島杉之浦・大川から材木調達
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| ※ |
記録には南朝元号・建徳二年で示されているものもあります |
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| 四代 |
1546(天文16)年 |
不明 |
安芸郡・賀茂郡・佐東郡・佐西郡・能美島 |
| 五代 |
1561(永禄4)年 |
1715・1716年
(正徳5・享保元) |
真柱楠 能美島大原(大柿町)・中村(能美町)その他の松・杉など仁保島(脇柱2本)・佐東郡八幡山・矢野坂八幡山・大竹・宮島、周防多田・岩国
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| ☆ |
永禄4年4月毛利元就、輝元を檀那(だんな)として再建されました |
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| 六代 |
1739(元文4)年 |
1776(安永5)年 |
真柱 東 広瀬明神(広島市)・安芸郡蒲刈 西 安芸郡府中八幡・同新宮(船越町)その他 佐伯郡地御前社・同速田社(廿日市市)・同多田八幡(湯来町)・同吉和・安佐郡祇園社・同三入八幡・高田郡戸島村八幡(向原町)・安芸郡吉浦・矢野村・豊田郡床浦明神(竹原市忠海町) |
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| ☆ |
元文4年浅野吉長が重造しました。安永5年落雷で焼失 |
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| 七代 |
1801(享和元)年 |
1850(嘉永3)年 |
楠3本 紀伊国牟婁郡その他佐伯郡恵下山・同伏谷村(湯来町)・山県郡津浪村(加計町)・安芸郡宇品島・豊田郡吉名村(竹原市)・同中河内村(河内町)・賀茂郡広村、宮島弥山
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| ☆ |
享和元年浅野斉賢(退任中の重晟の志を継いで)重造復旧 |
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| 八代 |
1875(明治8)年 |
‐ |
楠、日向国児湯郡岡富村(西都市)・讃岐国和田浜(丸亀市)、宮島亀居山麓その他、宇品島、宮島内弥山・奥院・多々良潟など
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| ☆ |
1911(明治44)年 |
脚元修理 |
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1925(大正14)年 |
脚元に鉄筋コンクリートの根巻を施す |
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1951(昭和26)年 |
大鳥居の一部(根元部分)が取替えられました |
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大鳥居の創建についてはつまびらかでないのです、最古の記録がある平清盛の仁安3(1168)年の造営のものを初代とするとしているだけだそうで、其れから数えると現在のものは八代目となります。厳島神社を描いた「一遍聖絵・第十巻」正安元(1299)年には社殿前に明神(みょうじん)鳥居が描かれています。※
現在の両部大鳥居の形式になったのは、天文16(1547)年大内義隆(戦国武将:1507-1551)などが中心になって行った再建時と云われています。 |
| ☆一遍(いっぺん:1239-1289)鎌倉中期の僧。時宗の開祖。伊予の豪族河野通広の第2子。諡は円照大師。 |
| 参考:度量衡換算 一間=六尺、 一丈=十尺、 一尺=十寸、 1間≒1.818m 1尺≒0.303 m |
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