旧・広島合同貯蓄銀行

広島合同貯蓄銀行の歴史
1922 大正11年1月 広島合同貯蓄銀行は県内の銀行の合同出資により銀山町で開業した銀行でした。
1937 昭和12年10月 下柳町に鉄筋コンクリート造3階建地下1階として新築しました。
1945 昭和20年5月 政府の1県1行主義に沿って県内の5行が合同し、新しい芸備銀行が設立されました。
広島合同貯蓄銀行本店は、芸備銀行下柳町支店となり7月には本店に統合され、建物は広島東警察署に貸与されました。
1945 昭和20年8月7日 〜19日の約二週間は臨時広島県庁になり、戦後も東署として使われたそうです。
爆心地より≒1210m   被爆当時町名:下柳町
1950 昭和25年 広島銀行に返還されました。
1988 昭和63年9月 建替えの為に解体され、玄関部分がモニュメントとして残されています。
05.04.28追記     03.07.01裕・編集

03.06.26撮影
広島市中区銀山町3-1

03.06.26撮影
廣島銀行 銀山町支店(旧店舗)
  1945(昭和20)年8月6日午前8時15分 爆心地より≒1100m※(別資料では≒1210m) 原爆の強烈な爆風に耐えた石造りの3階建の建物で昭和20年7月から東警察署として使われていたが1950(昭和25)年7月10日
広島銀行に返還され昭和25年12月11日より 銀山町支店として再開された。
(説明板より)
英国のパラディアニズム(≒古代ギリシャ・ローマの様式をアレンジしたもの)の様式を用いた建物で、古代風の柱や柱土台、梁の飾りと梁上の屋階、柱と柱のアーチ型窓などによって構成されていた建物だったそうです。

05.04.16撮影



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