廃墟と化した広島市街地(比治山公園より)・原爆被災説明板

  原爆被災説明板の写真を見ると廃墟の中に僅かに残る八丁堀、紙屋町の鉄筋コンクリートの建物が見られますが、現在はマンション、オフィスビルなどが多く建てられ、(爆心地から≒2000mといわれる)小高い丘のここ比治山公園ムーアの広場からでも八丁堀、紙屋町附近はビルの間からわずかしか見ることができません。
撮影に行ったとき花も終わり葉桜の木陰でご婦人方が句会をされていました。
04.05.15裕・記編集

04.05.12撮影
広島市南区比治山公園 (ムーアの広場)

廃墟と化した広島市街地

爆心地から約2000m
1945(昭和20)年8月6日、一発の原子爆弾によって、広島の市街地は焦土と化した。市の中心部には、わずかに鉄筋コンクリート造の建物の外郭が残っているだけだった。
写真中央の建物群は八丁堀周辺(爆心地から700〜800m)の商店街のビルで、写真左の建物群が紙屋町周辺(爆心地から200〜300m)の金融街のビルである。
比治山より市街地を望む 
1945(昭和20)年10月 米軍撮影

04.05.12撮影

04.05.12撮影
広島市現代美術館前のムーアの広場に設置されています



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ムーアの広場
(桜満開の)ムーアの広場