旧制広島高等学校・原爆被災説明板

  正門の左(北)側に原爆被災説明板が設置されていることを資料を見て知ったという愚かさでした、というのは仕事でこの校門を1年以上見て横を通ったいたからです。
原爆被災説明板の大多数を知らなかったので、知らなくてはと資料で調べ訪ねてみようと思ったのです。現在の広島大学附属中・高等学校の正門正面(渡り廊下で少ししか見えませんが)が被爆建物の講堂です。
04.05.20裕・記編集
   関連頁:(旧制)広島高等学校・講堂

04.05.12撮影
広島市南区翠一丁目1-1 (広島大学附属中・高学校前)

04.05.12撮影
旧制広島高等学校原爆被災説明板
爆心地から約2700m
原子爆弾の強烈な爆風によって木造の校舎、寄宿舎などは全半壊の被害を受けました。鉄筋コンクリート造の講堂は、木造校舎に挟まれた形で建っていたこともあって、大きな被害は免れました。
在校生の多くは工場に勤労動員されていましたが、校内にいた学生の中には、建物が壊れ、飛散した窓ガラスの破片などでけがをした人や火傷を負った人もありました。
半壊した校舎 米軍撮影

現在 広島市南区翠一丁目1-1
被爆当時 広島市皆実町3丁目
1920 大正9年 広島高等学校の設置決定
1924 大正13年4月 開校
1927 昭和2年 講堂(RC造:平屋一部2階建)竣工
1949 昭和24年5月 新制・広島大学が発足して広島高等学校も包括され皆実分校(教育学部)となる
1961 昭和36年 構内の教養学部と附属中・高等学校と入れ替えが行われた。
1964小学校も移転してきて現在の構内構成となった。



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