大芝国民学校・原爆被災説明板

  資料(ヒロシマの被爆建造物は語る)をみて現在の大芝小学校が、被爆当時大芝国民学校と呼ばれていたこと、原爆被災説明板が設置されている事を知り撮影に行きました。正門すぐに設置されておりすぐにわかりました。
04.04.30裕・記編集
   関連頁:(台風で傷つき移植された)被爆したヤナギ

04.04.22撮影
広島市西区大芝一丁目25-18
大芝国民学校・原爆被災説明板
爆心地から約2400m
被爆と同時に木造2階建ての北校舎・講堂などは全壊しましたが、南側の新校舎のうち爆心地に対して縦に長く建っていた棟は倒壊を免れました。校内では負傷者はでたものの即死者はいませんでした。
1945(昭和20)年8月6日被爆当時、負傷者が校庭に殺到したため年翌8月7日から救護所を開設して救護にあたりました。
倒壊を免れた校舎 1945(昭和20)年8月11日 菊池俊吉氏撮影

04.04.22撮影
大芝小学校略沿革
1926 大正15年4月1日 大芝尋常小学校創立
1929 昭和4年 広島市大芝尋常小学校と改称
1941 昭和16年 広島市大芝国民学校と改称
1945 昭和20年8月6日 原爆により校舎被爆
1947 昭和22年 広島市立大芝小学校と改称



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