病院沿革概要
|
| 昭和10(1935)年12月 |
広島逓信診療所・外来診療棟として竣工(RC造地下1階2階建一部3階) |
| 昭和15(1940)年 |
内科、外科、眼科、耳鼻咽喉科、小児科、歯科の6診療科(産婦人科昭和18年設置 |
| 昭和17(1942)年11月 |
広島逓信局 広島逓信病院となる |
|
昭和20(1945)年7月以降空襲に対する措置で入院患者は退院させており被爆当時職員のみが勤務していたという事で、職員48名中死者5名、重軽傷者32名を出した。被爆当日病院に収容された重傷者は250人に達したそうです。
被爆1ヶ月でこの病院で119名の方々が亡くなったそうです。
現在病院は南側の棟が残されており平成7(1995)年中国郵政局により保存措置がとられ一部が資料展示室となっています。 |
|
 |
|