中国配電株式会社・原爆被災説明板

1929(昭和4)年12月鉄筋コンクリート5階、地下1階で竣工した建物は、1984(昭和59)年12月解体されました。
爆心地から≒680m  被爆当時町名も小町
  現在の中国電力の本社建物へ来たこともありこの原爆被災説明板の前を何度となく歩いていたのに原爆被災説明板が設置されていることは資料を見るまで知らなかったのです、如何にぼんやりと歩いていたことかと・・・解体される前の建物も見ていたというのに、撮影に行ったのは新しい本社になってからしばらく経ってから原爆被災板の頁を編集しだした2004(平成16)年4月のことでした。
    04.04.10裕・記編集
   関連頁:(玄関脇で被爆した)獅子の装飾

04.04.06撮影
広島市中区小町4-33
中国配電株式会社・原爆被災説明板
爆心地から約680m
1945(昭和20)年8月6日(月)午前8時15分、原爆の爆発と同時にこの鉄筋コンクリート5階建の建物は外形だけを残して破壊炎上し、内部は焼失した。
強烈な爆風により、槍のようにとがった鉄の窓枠で頭を突き刺れたり背中をつらぬかれて吹っ飛ばされたりして約150人の犠牲者が出た。

爆風で布きれのようにちぎれた北側の雨どい
 米国返還写真
被爆後の中国配電本社ビル 米国返還写真

04.04.06撮影
中国電力略沿革
1921 大正10 広島電気(広島電燈+広島呉電力)設立
1929 昭和4年12月 この地に(RC造5階建 地下1階)新築移転 
1942 昭和17年4月 中国配電(配電統制令で中国5県の電気事業者が統合され)設立
1945 昭和20年8月6日 原爆により従業員272人中40人の方々が即死、1年以内で163人の方々が亡くなりました
1951 昭和26年5月 中国電力(中国配電解散)設立
1984 昭和59年12月 建替えに伴い建物解体されました



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