袋町国民学校・原爆被災説明板

  原爆被災説明板は、現在袋町小学校平和資料館になっている被爆した袋町国民学校の保存されている建物の玄関前に設置されています。
鉄筋校舎であったにもかかわらず窓枠は吹き飛ばされたり湾曲したりして硝子は粉々になっています。
8寺15分、朝会を終えたばかりの教職員・児童たち約160人が直撃を受け生き残ったのは数名だったそうです。
(高学年の児童は、双三郡の各地に集団疎開していました)
原爆被災説明板は避難所、救護所になっているときのものですが、その後1階は県医療団の事務所、2階は薬品統制組合と県衛生課、3階の一部が倉庫として使用されたそうです。1946(昭和23)年5月から西校舎3階(児童数37名)で硝子も無く、床はむしろ敷き、木箱の机で授業再開されたそうです。
沿 1911 明治44年 袋町尋常小学校となる、1922に袋町尋常高等小学校と改称
1937 昭和12年1月 鉄筋コンクリート造3階建、地下1階、21の教室をもつ校舎竣工
1945 昭和20年2月 南北の木造校舎を建物疎開で解体される。
1999 平成11年 新校舎完成(旧西校舎…平成11年12月まで使用)
2002 平成14年 被爆校舎(旧西校舎)の一部を平和資料館とし、開館
05.09.13追記    04.04.10裕・編集
   関連頁:袋町小学校平和資料館    本川小学校平和資料館(原爆被災説明板)  

04.04.06撮影
広島市中区袋町6-36 袋町小学校平和資料館前
幟町国民学校・原爆被災説明板

爆心地から約460m
  鉄筋コンクリート3階建の校舎は 原子爆弾により外形だけを残して焼失した。学童疎開をしないで残っていた児童が朝礼直後に被爆した。 この学校の犠牲者は、およそ300人にのぼった。
窓にむしろをさげて救護所に使われている校舎 1945(昭和20)年10月8日 菊池俊吉氏撮影
※爆心地からの距離は原爆被災板は約500mとなっていますが、平和記念資料館の資料を参考にしました。

04.04.06撮影



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