旧:帝国銀行広島支店・原爆被災説明板

  1925(大正14)2月この地に三井銀行広島支店としてRC(鉄筋コンクリート)造2階建てとして新築されました。
設計は長野宇平治建築事務所で、施工は大倉土木(戦後大成建設と改称)でした。
1945(昭和20)年8月6日米軍の原爆投下で宿直行員6名、女性行員12、13名の方々が亡くなったそうです。建物は原爆被災説明板でわかるように屋根・天井は大部分が崩れ落ち外壁は爆心地方向の北西部は著しく破壊されています、しかし金庫室は屋根・スラブや壁が他より厚く、(米国)モスラー社製金庫は被爆に耐え現金や帳簿類は無事だったそうです。
爆心地より≒360m    被爆当時町名:革屋町
05.08.29追記     04.04.10裕・編集

04.04.06撮影
広島市中区本通7-1 現在:アンデルセン

05.08.06撮影
原爆忌の8月6日からか花輪が捧げられていました・・・
帝国銀行広島支店・原爆被災説明板

爆心地から約360m
  この建物は、1925(大正14)年に三井銀行広島支店として建てられました。原爆が投下されたときは,合併により,帝国銀行となっていましたが、猛烈な爆風のため、屋根は抜け落ち、爆心地に近い北西側の壁も崩れ落ちました。戦後、何度か修復され、現在はベーカリー(アンデルセン)として利用されています。
爆心地に面した部分が大きく崩れた帝国銀行広島支店 1945年(昭和20年)8月末 井上直通氏撮影

04.04.06撮影



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(被爆した建物)旧:帝国銀行広島支店
帝国銀行・原爆被災説明板