廿日市天満宮

  廿日市天満宮は、厳島神社の神主として鎌倉幕府より任命された藤原親実(ちかざね)が桜尾城に着任後の1233(天福元)年藤原氏の守護神として鎌倉荏柄(えがら)天神社を勧請して、篠尾山に社殿を造り鎮座されたものと伝えられています。その後、初代神主職・藤原親実を新八幡宮として祀り、1664(寛文4)年に下平良新宮を合祀し、廿日市の人々によって氏神として祀られています。江戸時代は正覚院が天満宮を祀り、天神坊と呼ばれていましたが、明治中期から神仏分離令によって分かれて祀られるようになりました。
  1652(慶安5)年に建造された社殿は1884(明治17)年火災で焼失、現在の社殿は1889(明治22)年再建されたものです。祭神の木造菅公坐像は、衣冠束帯の姿で両手で笏を持ち、畳台に座っています。
廿日市のこの地区を訪ねるのは、はじめてで、交流ウォーク探検隊に参加していなければ、この廿日市天満宮のことも知らなかったでしょう。かつて、南海奇勝の地といわれた標高29.2mの篠尾山上からは廿日市を見渡せますが・・・(廿日市市観光協会・廿日市市商工会が設置した「天満宮御鎮座縁起抜書」は消えかかる部分が多くわたしには読めませんでした)
※廿日市天満宮の資料は廿日市市観光協会の資料を参考しました。 07.10.02裕・記編集

07.04.12撮影
広島県廿日市市天神3-2

07.04.12撮影

07.04.12撮影
社殿

07.04.12撮影
拝殿内部



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