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祭神は金毘羅神社の名前から大物主神(または異名同神とされる大国主命)だろうと思いますが、この神社の詳細はわかりません。
標柱は明治44(1911)年とありますので被爆した構築物ですが、社殿はRC造なので戦後再建されたものと思われます。 |
| 爆心地より≒700m 被爆当時町名は大手町七丁目でした |
| この前を20年ほど前から歩くことがあったので神社があったことは知っていましたが、金毘羅神社という社名も知らず、立ち寄ったのは今(2005年)回の交流ウォークが初めてだったのです。 |
| 05.09.29裕・記編集 |
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05.09.16撮影 |
| 広島市中区大手町3-6-25 |
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05.09.16撮影 |
| 社殿 |
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被爆した標柱は明治44(1911)年7月建之
現在標柱はステンレス鋼で補強されています・・・ |
被爆した狛犬は大正3(1914)年奉獻 |
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金毘羅(ことひら)は金比羅、琴平、金刀比羅などとも書く。(これらの神社の本源は香川県琴平町鎮座の金刀比羅宮である)。
サンスクリットのクンビーラ(Kumbhira)の漢訳で、ガンジス川に棲息する鰐(わに)の神格化した名で、仏法の守護神として薬師如来十二神将の一つで、宮毘羅(くびら)大将のことである。鰐神は竜王(竜神)あるいは海神として海難祈願や雨乞いなど水に縁がある善神とされ、これが我国に垂迹して金比羅大権現となったものだそうです。 |
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| 資料は川口謙二著『日本の神様事典』を参考にしました |
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垂迹(すいじゃく)=仏・菩薩が衆生(しゆじよう)を救うために仮の姿をとってこの世に現れること。また、その仮の姿特に、日本では在来の神を仏・菩薩の垂迹であるとする。 |
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