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街のビルの谷間に建立された不動院は、広島新四国八十八ヶ所霊場第六十五番真言宗醍醐派※ 、本尊:不動明王 のお寺です。
安芸国仁保島村の「寿平」さんが天保14(1843) 年に海難にあったときに御不動さまが現われ一命を救われたことにはじまると寺伝にあります。本堂は昭和52(1977)年10月に再建されたそうです。 |
| 今(2007)年1月、約2年ぶりに交流ウォークで立ち寄ったのです、前回は本堂前の細い路地でこの不動院を教わったのですが、今回は本堂にあがりお参りをさせていただきました。 |
| 07.02.19追記 05.05.03裕・編集 |
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07.01.20撮影 |

05.04.16撮影 |
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05.04.16撮影 |

05.04.16撮影 |
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07.01.20撮影 |
| 本堂 |
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だいごは
醍醐派 |
古義真言宗系の一派。醍醐寺を本山とする。派祖は聖宝。 |
しようぼう
聖宝
(832-909) |
平安初期の真言宗の僧。光仁天皇の子孫。諡(おくりな)は理源大師。醍醐寺開山。
貞観寺座主(ざす)。東寺長者。諸宗を学び、また役小角(えんのおづの)を慕い金峰山(きんぷせん)で修行した。真言修験道中興の祖、真言宗小野流の祖師とされる。著「大日疏鈔」など。 |
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