あさひやまじんじゃ
旭山神社
祭神 息長帯比売命(神功皇后)
品陀和氣命  (應神天皇)
宗像三女神  (市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)
御由緒
その昔、神功皇后が当地にお立ち寄りになり、休息をとられました。その時献上された大きな鯉を見て大変に喜ばれ「こいこい」と仰せられたという故事により地名が「こい」となり当神社が創建されたと伝えられております。
以来、己斐一円の守護神産土神として崇敬されております。弘治元(1555)年10月厳島合戦の折、毛利元就公が当神社に戦勝祈願の為詣でた際、山上から差し昇る朝日を拝み、士氣大いにあがり「旭山八幡宮」と称するようになったと申し伝えます。又毛利輝元公が広島城築城の下見にあたり登った山がこの旭山であったということです。
 資料をみると、1945(昭和20)年8月6日原爆により倒壊しましたが焼失を免れ、1948(昭和23)年復興されたとありました。
爆心地から≒2800m   被爆当時町名は己斐町
※鯉が己斐になったのは「己はあやに美しい」という意味の「己斐」に変わったといわれているようです。
08.10.08追記   05.01.30裕編集

05.02.19撮影
広島市西区己斐西町12-10
見上げた処が旭山神社です(線路はJR山陽本線)。

05.01.22撮影
八幡川を渡り(西より)参道、標柱と鳥居をみる、長い石段を登って社殿に・・・

05.01.22撮影
社殿

05.01.22撮影
拝殿内部

05.01.22撮影

05.01.22撮影

05.01.22撮影
旭山神社・説明版 旭山神社遥拝所ここより石段・・ 土井百穀碑銘

05.01.22撮影

08.09.08撮影

08.09.08撮影
忠魂碑:大正11(1922)年10月建之 橋本調二翁頌徳碑 上野旭峯翁彰徳碑



広島の神社仏閣」編


被爆した建物・構築物」編



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旭山神社
(境内の)忠魂碑
(境内の)土井百穀碑銘
(境内の)上野旭峯翁彰徳碑
(境内の)橋本調二翁頌徳碑