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| 資料によれば、日宇那・楠那地区のおよそ30名の原爆犠牲者の方々の慰霊碑ということで、日宇那町内会によって1952(昭和27)年に木碑が建立され、のち1981(昭和56)年8月に石碑で再建されたそうです。 |
資料を見ていましたので、以前より光明寺に建立されているという原爆慰霊碑に行かなくてはと思っていたのです。交流ウォーク探検隊で仁保地区を歩くコースから少し外れているので、探検隊の前に立ち寄ったのです。
お寺の門には鍵がかかり、横手の庫裏の所の扉にも鍵がかかっていましたので、現在は空き寺のようになっているのかとチト沈んだ気持ちになりました、門扉を乗り越えらなくもありませんでしたが、門のところから見えた原爆慰霊碑を撮影しました。 |
| 07.12.29裕・記編集 |
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