あな じんじゃ
穴神社

  祭神:少名毘古那神(すくなびこなのかみ)
1731(享保16)年創建といわれ『芸藩通志』※に安那社と記されているそうで、1814(文化11)年丹那古絵図に穴神社と書いてあるそうです。この附近に海洞があり、その海洞の上に社殿を建てたから穴神社と呼ばれるようになったとも聞きますが。
芸藩通志は、1825(文政8)年全159巻159冊。頼杏坪らが編纂。
地誌「芸備国群志」(1663年)を改訂増補するた、1819年〜1820年に藩内の記録、古文書などを集め、調査を行ってまとめられた。著書名が「藝(安藝)」のみとなっているのは、備後国の分の地誌が広島藩領のみであるためだそうです。
資料を見ていたら被爆建物として紹介がありました、1920(大正9)年竣工、耕造は木造平屋。
爆心地から≒3840m   被爆当時町名は仁保町
広島市は1993(平成5)年『被爆建物等保存・継承事業実施要綱』を制定しています。その補助で保存工事をした被爆建物に穴神社もあり補助を受けています。 1998(平成10)年 穴神社本殿の修復(18万円) と資料にありました。
※広島市は爆心地からおおむね5km以内で被爆した建物を「被爆建物」と呼んでいます。 05.01.03裕・編集

04.12.11撮影
広島市南区丹那町23-11

04.12.11撮影
アラカシ?の大木 標柱には大正十年四月建之文字が・・
あらかし
粗樫
ブナ科の常緑高木。本州中部以西に多い。高さ約20mになる。
葉は楕円形で硬く、裏面は灰白色。四月頃雄花と雌花が同株につき、堅果(どんぐり)は晩秋に熟す。材はかたく、細工物や建築材などに適する。

04.12.11撮影
社 殿

04.12.11撮影

04.12.11撮影
拝殿 本殿  拝殿

04.12.11撮影
穴神社移築記念碑 穴神社改築記念碑 昭和四十二(1967)年六月四日

04.12.11撮影
穴神社、東側の鳥居と石段



広島の神社仏閣」編


被爆した建物・構築物」編



広島ぶらり散歩表紙
穴神社
 (被爆建物)穴神社
 忠魂碑
 忠魂之碑