光福寺

  獄扇山・光福寺は、浄土真宗本願寺派のお寺です。
資料に、光福寺の被爆した墓石が記載してありましたので、そっと撮影しました、みて歩けばまだまだあるのでしょうが、縁つながりの方がいるわけではありませんのでやめました。
爆心地から≒1070m  (被爆当時町名も寺町)
境内に建つ「アショカピラー」。無縁となった原爆犠牲者を供養するということで建立されたそうです。資料で墓石などが被爆したものとして紹介がありましたので、2006年9月交流ウォークのときに撮影しました。
07.01.31追記    04.10.10裕記・編集
   関連頁:いまも現役・光福寺の手押しポンプ

04.09.18撮影
広島市中区寺町4-33  西側御門

06.09.15撮影
本堂

06.09.15撮影

06.09.15撮影

06.09.15撮影
墓苑の中には被爆したお墓も・・・・ 萬延二年辛酉二月七日※ 被爆の影響?ひび割れが・・
※萬延二年は西暦では1861年、2月19日に改元で文久元年になっています。
このお墓は年代からも墓石の状況からも被爆しています。

04.09.18撮影
光福寺


画像は
アショカピラー
(お寺の東側にある)



アショーカ王
(在位 紀元前268−232ごろ)
インド、マガダ国の王でマウリヤ朝の第三代の王。
紀元前三世紀頃、初めてインドを統一。仏教に帰依、法(ダルマ)を統治の理想とし、それを各地の磨崖碑や石柱碑に刻んだ。
仏典の第三回結集(けつじゆう)を行なったと伝えられ、理想の帝王とされる。アシュカ。阿育(あいく)王。生没年未詳。
pillar [pilr] n.
柱(状物)、 記念柱、 柱石、 重鎮
東西南北を向く赤茶色の四頭の獅子。   光福寺境内に建つ「アショカピラー(アショカ王柱頭)」。



広島の神社仏閣」編



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被爆した建物・構築物」編