ふくろまちしょうがっこう へいわしりょうかん
袋町小学校平和資料館
 
1937(昭和12)年1月袋町尋常小学校としてRC(鉄筋コンクリート)造、地上3階地下1階で建てられました。
2002(平成14)年4月新校舎とこの(旧校舎の一部を残した)袋町小学校平和資料館が完成しました。
休館日: 12月28日〜翌年1月4日、開館時間 9:00〜17:00、無料です。
爆心地より≒460m   (被爆当時町名も袋町)
写真撮影禁止になっているとのことで、わたしのこの頁は一般的な紹介しかできない写真構成になりました。
多くの方が61年前(2004年時点で)とはいえ悲惨な出来事の一端を知ることができるこの資料館をなぜ撮影したらいけないのかと、伝言を書いた方々のプライバシーの保護の意味があるのだろうか?それもあるでしょうが、それ以上に知ることでこのような悲惨な出来事を2度と繰り返すことがないようにと戦争を考える資料になることのほうが大切なのではとわたしは思っていますのであえてここに記しました。
  今(2007)年3月になって、『ヒロシマ -壁に残された伝言』井上恭介氏著(集英社新書刊)を読みました、いままで何となくみていた袋町国民学校の壁に残された伝言・・平和の中に生きるわたしが如何に幸せものかと思わずにはおられませんでした。ご存じなかったら、あなたも時間を使って読まれたらと思いましたので追記しました。
関連頁:袋町国民学校・原爆被災説明板   本川小学校平和資料館 07.04.03追記    04.08.16裕・記編集

04.08.07撮影
広島市中区袋町6-36  現在:袋町小学校平和資料館

04.08.07撮影
壁面に被爆者の消息を知らせる多くの方々の「伝言」が残されていました

04.08.07撮影
被爆により壊れた扉と窓 ここから25m南の位置にあったもので、被爆時の衝撃による傷跡が残っています。
西校舎の解体に伴い、切り取って移設保存しました。
平和資料館として残された部分を示す西校舎地階平面図

06.08.05撮影
爆風により吹き飛ばされたという太鼓
Taiko drum thrown by the blast
  爆風により運動場に吹き飛ばされたといわれている太鼓。
西校舎の廊下に置いていて始業、終業などの時を報せていました。

04.08.07撮影
西校舎の基礎に使われていた松杭
Pine foundation post
  この松杭(まつ くい)は、基礎杭として使用されていたもので、当資料館の地中にも今もそのまま残されています。
※松は水の中では腐れないので昔はよく杭に用いられました。



被爆した建物・構築物」編



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広島ぶらり散歩「資料館など」編