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多聞院は、詳しくは金剛吉祥如意宝珠山光明遍照寺(へんじょうじ)多聞天王院と称す真言宗のお寺です。
お寺の資料によると、後白河法皇御勅作の毘沙門天王を御本尊として堂塔が建立されたので、嘉応年間(1169〜1171)の頃まで溯るそうで、はじめ本尊が高倉上皇の夢枕に立たれた縁起で安芸郡音戸幡見(波多見)にお堂が造営され、約370年後天文20(1551)年頃毛利元就の決断で幡見より高田郡吉田(現・安芸高田市吉田町)に移り、毛利輝元の広島城築城とともに三滝山麓(新庄村)に移され、さらにこの(比治山の)地に移されたのは慶長9(1604)年、福島正則の時代であのだそうです。 |
| 以前は一人訪ねたのですが、今(2004年7月)回は、交流ウォークということもあり、御住職にお寺の縁起など説明していただき、頼家の墓所、寺宝の展示室を拝見したりしましたのでお寺のことも少しばかり分かってきました。。 |
| 07.10.04再編集 04.07.18裕・編集 |
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04.05.12撮影 |
| 広島市南区比治山町7-10 |
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04.07.10撮影 |
| (被爆)鐘楼と多聞院会館 |
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04.07.10撮影 |
| 平成9(1997)年に再建された、毘沙門天本堂 |
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04.07.10撮影 |
| 御住職によるお寺の縁起などを聴く |
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04.07.10撮影 |

04.07.10撮影 |
佛足石
四国八十八ヶ所と西国三十三所のお砂をいただいて造られた |
四国八十八ヶ所と西国三十三所の霊場を一遍におまいりしたと同じ浄行が達せられるというありがたい石。 |
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しこくはちじゅうはっかしょ
四国八十八箇所 |
四国にある八十八か所の、弘法大師の霊場。八十八箇所。
四国八十八ヵ所は弘仁六(815)年弘法大師42歳のときに開創された。
高弟真済がその遺跡を遍歴したのがはじまりという説。あるいは衛門三郎が自己の非を悟って四国の霊地をめぐったのが遍路のはじまりという説とがある。
いずれにしても大師入定後、大師に対する信仰はまもなく起り、平安時代の末ごろには大師ゆかりの地を巡拝することがおこなわれていたのであろう。このころ、修行僧の間に四国辺地といわれる海辺の霊場を巡拝することがおこなわれ、鎌倉時代になると真言宗の僧が苦修練行をかねて大師の遺跡を巡歴したことが知られている。やがて室町期に入ると一般庶民も参加するようになり、八十八ヵ所の霊場が固定したのは室町末期から江戸初期にかけてであるといわれている。 |
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