琴比良神社の勧請は慶長年間(1596−1615)といわれており古くは金毘羅堂と称し国泰寺村に鎮座していましたが浅野藩初代藩主浅野長晟候が下柳町に松生院を建立しその境内に鎮座し替えました。
文政13(1830)年竹屋村平塚一帯は曠然とした新開地で農作物はいうの及ばず草木に至るまで多くの害虫が発生し殆ど枯死するか収穫をあげることが出来ない状態で加えて火災が多く発生し住民が大変困ったため 平塚大雁木(現西平塚町)の際に祠を建立して奉還されました。
その結果農作物は豊作になり火災も起こらなくなって住民は大変喜んだといわれている
昭和2(1927)年11月社殿老朽化の為に再建されましたが昭和20(1945)年の原爆により社殿焼失しました。
戦後崇敬者多数の協力により再建された後、昭和45(1970)年現在地に遷座されました。 |