こうぜんじ
興禅寺

  海島山(かいとうざん)興禅寺は臨済宗・妙心寺派のお寺です。御本尊は阿弥陀如来。 広島新四国八十八ヶ所霊場・第53番霊場です。
永正年代(1500年頃から(現在の安芸高田市吉田町)郡山の麓に禅宗寺院としてありましたが、毛利輝元の広島城築城にともなって文禄元(1592)年現在地広島平塚に移転したそうで、輝元が帰依した雲嶺禅師を名古屋の海国寺より請じ開山とし臨済宗妙心寺派に属しました。福島正則を経て浅野長晟が1619(元和元)年広島に封じられ長晟も雲嶺禅師を深く帰依し以後浅野歴代藩主の信心庇護を受け末寺五ヶ寺を有し広島屈指の名刹といわれたそうです。1945(昭和20)年8月6日の原爆で堂宇寺宝記録一切を焼失しました。
 爆心地より≒1170m (被爆当時町名:平塚町)
1960(昭和35)年再建し、本尊阿弥陀如来(宮島の光明院にあった江戸期作・一説には鎌倉期作と伝えられています)は安芸高田市甲立町・三上家より勧請されたものです。
2004年に交流ウォークではじめてお参りしました、2006年になってお寺の縁起などを追記しましたが、今(2008)回広島新四国八十八ヶ所霊場「巡礼の手引き」を参照すると記述間違いなどもわかりましたので、追記更新しました。
 08.08.04追記     04.06.13裕・編集

04.06.12撮影
広島市中区平塚町10-11

06.06.17撮影

04.06.12撮影
原爆で首の折れたお地蔵様もお祀りされています



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興禅寺
(興禅寺の)被爆した墓石など