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1619(元和5)年、浅野長晟が紀州から安芸の国主として広島城へ入封の際、現在地に圓隆寺を建立しました。福昌山
圓隆寺は日蓮宗のお寺で『法華経』が所依の経典。 法華経の守護神で稲荷(いなり)とよまず、音読みで「とうか」とよんだのが名の由来といわれています。
広島に初夏の訪れを告げるお祭り「とうかさん」大祭(別名「ゆかたの着始め祭り」)は現在は毎年六月の第一金曜から三日間くり広げられます。「とうかさん」とは圓隆寺の境内に祀られる稲荷大明神(とうかだいみょうじん)のことです。 |
1945(昭和20)年8月6日(月)原爆により本堂など全てを焼失したそうです。
爆心地より≒920m (被爆当時町名も三川町) |
| 関連頁 |
明星院(赤穂四十七士木像、原惣右衛門の木像もある) |
08.04.21追記 04.06.13裕・編集 |
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05.06.03撮影 |
| 広島市中区三川町8-12 |
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05.06.03撮影 |
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05.06.03撮影 |
| 三百八十余年の歴史を誇るとうかさんの夏祭り、浴衣に赤い鼻緒の下駄がよく似合うお嬢さんが・・・ |
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04.06.12撮影 |
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04.06.12撮影 |

04.06.12撮影 |
| 圓隆寺のねきを歩く・・・ |
とうか山の山号石 |
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04.06.12撮影 |

08.03.31撮影 |
| 子まもり地蔵尊 と 原惣右衛門夫婦の墓 |
本堂裏の墓苑には被爆したお墓など |
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04.06.12撮影 |
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そとば
卒塔婆 |
供養・追善のため、墓などに立てる細長い板。塔の形の切り込みがつけられ、梵字・経文・戒名などが記されている。板塔婆。塔婆。そとうば。 |
しょうつきめいにち
祥月命日 |
人の死後一周忌以降の、故人の死んだ月日と同じ月日。正忌(しょうき)。 |
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