萬象園(屋形灯篭と礎石)

  萬象園は、1657(明暦3)年、浅野藩筆頭家老、三原浅野家により別邸として創始され明治維新にいたり、その後は分割譲渡されながらも、1958(昭和33)年まで浅野家により所有されてきました。
庭園の様式は「池泉回遊式」で元安川の景観を借景とし大小様々な石組みによる庭園でした。萬象園の名づけ親は郷土が生んだ国文学者頼山陽とされ、当時から縮景園に告ぐ名園と言われてまいりました。
この名園を1959(昭和34)年に当時の日本電信電話公社が購入し、1960(昭和35)年4月に職員の福利厚生施設として「中国電信電話会館 萬象園」を開設いたしました。その後、宿泊結婚式場にと広く広島県内や全国の皆様にご利用いただけるようになり、庭園のある宿泊施設として好評を博してきましたが、近年においてはご利用いただく方々のニーズも大きく変化し、閉館することになりました。
その閉館にあたり、萬象園に関する歴史と文化を後世に伝えるため、庭園内にあった屋形灯篭と殿様の腰掛石と伝承されてきた礎石を当時の面影を偲びここに移設し保存することとしました。
※資料は主として説明碑を参考にしました 04.07.31裕・編集

04.07.01撮影
中区基町6-77 NTT広島玄関西側(市民球場側)

04.07.01撮影
  ここにある屋形灯篭と礎石(手前は殿様の腰掛石と呼ばれていました)は、萬象園(広島市羽衣町1番30号)より移設されたものです。
2002(平成14)年4月 西日本電信電話株式会社広島支店

04.07.01撮影
説明碑 と 移設された(殿様の腰掛石、屋形灯篭、衆妙門)

04.07.01撮影



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