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ハス
蓮
lotus |
ハス科の多年生水草。
根茎は泥中を横にはい、先端部は養分を蓄えて肥厚する。葉は盾状、葉身は円形で径30cm、水面に浮かぶ浮葉と、長い葉柄がある空中葉の2型がある。花は大形、桃色の花弁が多数ある。果実は楕円形で、逆円錐)形の花床に埋没する。
根茎の肥厚部を蓮根といい、食用とされる。蓮根の栽培は日本や中国、東南アジアで古くから行われている。日本でよく栽培されている品種には収量が多い支那種と耐寒性の強い備中種があり、ともに中国から導入された。栽培には古くは池や沼を利用していたが、しだいに水田で行われるようになった。最近ではビニルハウスを使っての促成栽培も行われている。 |
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| なぜ?蓮が・・ |
平和の鐘の回りの池に(大賀)ハスが植えられているかというと、あの日(1945年8月6日)被爆し傷ついた方々が蓮の葉で傷をおおい、火傷の痛みを少しでもしのごうとされたそうです。
被爆して亡くなった多くの方々の霊を慰めるという事から植えられたそうです。 |
わたしは、資料をみて2003年にこの(大賀ハスと云われている)ハスを撮影しこの頁を編集しました。
※2008年10月になってこの頁をご覧になった福岡のKさんから『大賀ハスは、古代ハスで、花はピンク色です。レンコンのハスより少し花が小さいようです。掲載のハスは、たぶん孫文ハスという種類の、中国から孫文が持ち込んだといわれている白ハスじゃないかと思われます。』というメールをいただきました。確かに千葉公園等などの大賀ハスの画像をみるとピンク色が濃いように思いました。標題を「大賀ハス」としていましたが、「大賀ハスといわれている」と訂正しました。 |
| 関連頁:平和の鐘 |
08.10.27更新 03.06.07裕・編集 |
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’05.07.28.撮影 |
平和記念公園・平和の鐘の周りの池
今(2005)年3度目でやっと花びらが散りかけの一輪だけの花を撮影しました |
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’04.08.06.撮影 |
| 2004年平和祈念式典後行ってみました |
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’04.08.06. 撮影 |

’04.08.06. 撮影 |
| まだ咲いていました |
左:平和の鐘、中央:平和の時計塔 |
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’03.07.21. 撮影 |
| 2003年花が咲いていました |
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’03.07.21. 撮影 |
| 向うに見える人達は元安川ごしに原爆ドームの説明をしているガイドの話を聞いている処です |
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’06.09.02.撮影 |
| 花咲けば種になり・・・・平和の鐘の後ろの百日紅はいまが花盛り・・・ |
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’04.02.22. 撮影 |
| 冬で枯れています・・・ |
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| ハスとスイレンの違いがよくわからなかったのです私は、資料によると若干の例外はあるもののスイレンは浮き葉(水面に浮いた葉)で花は水面で咲く、ハスは浮き葉と立ち葉(水面より高く上がる葉)があり花は水面より高く上がり咲くそうです。ということでスイレンを独立させました。 |
おおが-いちろう
大賀一郎
1883〜1965 |
植物学者。岡山県吉備町出身。
1909(明治42)年東京帝国大学理科大学植物学科を卒業、大学院に進学し藤井健次郎に師事したが、まもなく第八高等学校教授に就任。中国東北地区を視察中、普蘭店の泥炭地で埋蔵500年と推定されるハスの実を採集、1917年これの発芽に成功して以来ハス研究に進み、「古ハスの果実の研究」で理学博士の学位を取得した(1927)。以後、関心は、ハス糸で織ったと伝承された織物、それに関する工芸美術品の研究に及び、古文化財の自然科学的な方法による研究の先駆けとなった。1951(昭和26)年には千葉市花見川区検見川(けみがわ)町の遺跡から縄文時代(推定2000年前)に咲いていた古代ハスの種3粒を発見し、そのうちの一粒を開花させ「大賀ハス」の名を得た。 |
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