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| 1945(昭和20)年8月6日広島市基町(現:中区東白島町)の広島逓信局(現:日本郵政公社中国支社)の中庭(爆心地から約1,300m)で被爆し爆心地側の幹半分が熱線と爆風により焼けてえぐられましたが、その傷跡を包むようにして成長を続けています。 |
| 1973(昭和48)年5月に現在地(平和記念公園・平和記念資料館東館北側緑地帯)へ移植されました。移設されたのは当初3本で後に1本は枯れてしまったそうです、現在2本になっています。 |
| 2004(平成16)年9月7日台風18号の強風で大きい方のアオギリが根こそぎ倒れ、翌日復旧され現在に至っています。 |
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| 資料はアオギリの前の説明板他を参考にしました。 |
04.09.08追記編集 03.06.07裕・記編集 |
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’04.09.08. 撮影 |
2004年9月7日 台風18号によりアオギリが葉が繁りすぎ風の抵抗が大きく根こそぎ倒れたという報道でした。
(真ん中のH=6m、幹周80cmの1本、支柱が新しいものです)
8日昼撮影に行きましたが既に起こされ復旧作業は終わりかかっていました。
(右側の小さいアオギリは被爆したアオギリ2世といわれるものでここに移植されたものです) |
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04.04.22撮影 |
| 芽吹いてきていました |
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03.06.06撮影 |
| (アオギリ2世親元に移されました ※移される前の画像は下の方に掲載しています) |
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04.08.27撮影 |

04.08.27撮影 |
| 種が色付いてきていました |
昨(2003)年はまだ蒼い時に撮影したものと比べれて・・・ |
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03.08.12撮影 |
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| 黄色く見える処がアオギリの実が付いているところです |
熟してはいませんが実が3個付いていました
(1個取れてしまいました、1個はなくしてしまいました) |
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03.08.12撮影 |

03.08.12撮影 |
| 左奥に写っているのが被爆したアオギリ二世です |
はじめてアオギリの実が付いた処を見ました私は |
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03.07.09撮影 |

03.07.09撮影 |
| 左奥に写っているのが被爆したアオギリ二世です |
はじめてアオギリの花を見ました私は |
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02.11.22撮影 |

03.02.20撮影 |
| 紅葉(アオギリ2世はまだ傍に移されていません) |
すっかり落葉 |
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04.05.27撮影 |

04.05.27撮影 |
| 被爆の傷跡は今も・・・・ |
傷跡を包むようにして成長を続けています。 |
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アオギリ
青桐
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アオギリ科の落葉高木。中国原産。
高さ10〜15mになり、小枝は太く、樹皮は滑らかで緑色である。葉がキリに似ていて、樹皮が鮮緑色なので青桐の名がある。葉は大きく、長い柄があって互生し、扁円形で長さ15〜30cm、掌状に浅く3〜5裂し、上部の3裂片は大きく、縁に鋸歯(きょし)がない。葉の裏に軟細毛を密生する。6〜7月ころ枝先に長さ30〜50cmの大きな円錐花序を出し、淡黄褐色の雄花と雌花が多数混生して開く。果実は10月に熟す。沖縄、台湾、中国大陸、インドシナに分布する。乾燥地にも強く、潮水、潮風、大気汚染にも耐え、街路樹、公園、学校の庭などに広く植えられている。材は家具用。 |
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02.11.22撮影 |
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| 平成12(2000)年夏、この場所から約10m〔※上記の写真〕はなれた植え込みの中で自然の実生から育っていた(被爆アオギリ二世)と確認できる樹木が見つかりましたので平成15(2003)年3月19日に移植しました。 |
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被爆したアオギリの近くの植込みの一角の中に植えられていると思っていましたが
種が飛んで自然に育ったようです被爆アオギリ二世と言われています。 |
| 関連頁:わが町の中野東小学校に植えられている被爆したアオギリ二世 |
| ※原爆資料館東館でH≒30cmに育てた苗木を袋に入れ、親木が被爆した経緯や育て方を記したカードを添え修学旅行生に無料配布しているそうです。04.09.24追記 |
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説明機が設置されており
「アオギリのうた」 作詞・作曲/森光七彩( もりみつななせ)さん (中区の千田小三年2000年当時)の曲が聞けます。 |
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