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西国街道沿いに植えられた街道松のなごりです。
1593(文禄2)年豊臣秀吉が九州(現在の佐賀県鎮西町)名護屋から大阪へ帰る途中広島に立ち寄った際、この道筋の左右に並木松を植えさせた(又は自ら手植えしたとも)という伝説があり、古株三本が残っていたので、いつ頃ともなく三本松と呼ばれるようになりました(又は数ある松の中で特に夫婦松の間に子松があるのでという説もあります)。また、江戸時代歴代藩主が鷹狩等を行う折、ここに陣幕をはり、指揮の場にしたとも伝えられています。 |
| わが町・安芸区中野には中野砂走出迎えの松という藩主を迎えにここまで来たという松並木が残っていますが、松は江戸時代街道沿いにたくさん植えられていたのでしょう。現在のここの三本松は何代目かの松でしょうが。 |
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05.12.27裕・記編集 |
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