がらがら ばし
我羅我羅橋

 左の道は江戸時代初期に整備されたかっての西国街道です。
ここに、古川という川が太田川を分流し明星院前を経て矢賀村へと流れていたため、この橋が架けられたといわれています。橋の名前の由来はがら竹という小竹を束にして作った竹橋だったためとも、橋を渡るときガラガラ音がしたためともいわれています。橋の長さは九尺(≒2.7m)、幅は三間(≒5.5m)、その後板橋となり、明治23(1890)年石橋、昭和45(1970)年頃に現在のコンクリート橋になった。享保2(1717)年頃橋のたもとに茶所が建ち参勤交代の途中、諸大名が立ち寄って賑わったが、寛政8(1796)年岩鼻の麓に移されたといわれています、下って明治42(1909)年荒神市場と同時に青果市場ができ再び賑わいました。
二葉の里歴史の散歩道の三本松を撮影しなくてはと思って地図を見ていた時に我羅我羅橋が近くに表示してあることを知ったのです。昔、古川がありその川に架かるガラガラ橋の事は資料で知っていたのでそうかここだったのかと撮影したのです。
※資料は説明板を参照しました 05.11.22裕・記編集
   関連頁:(近くの)三本松

05.11.03撮影
広島市東区愛宕1-1附近

05.11.03撮影
今はなきがらがら橋附近から今はなき古川上流側をみる・・・
在りし日のがらがら橋と古川 説明板の写真を使用しました

05.11.03撮影

05.11.03撮影
がらがらばし(石柱)  東愛宕・三本木町内会



広島ぶらり散歩「広島の橋」編



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