緑大橋

  昭和28(1953)年6月竣工のプレートをみてこの橋も半世紀を過ぎているな〜と・・・平和大橋から平和大通りを西にいくと西平和大橋そしてこの緑大橋に来るのです、そして広島の多くの橋がそうであるように幅員が橋の部分で狭くなっている、ここ緑大橋でも同様に狭くなっており少なからず交通渋滞をきたす原因にもなっているようです。
この緑大橋は(当時施工された橋としては珍しく)橋桁が全溶接によって造られています、橋桁部分は新三菱重工神戸造船所が担当したそうで造船溶接の技術が橋にも用いられました。
広島市は平和大通り新世紀リニューアル事業基本計画づくりを進めており、平和大橋、西平和大橋を含め架替計画があることは知っていましたが・・・報道によると・・
広島市の試算で平和大橋が約45億円、西平和大橋が約55億円、緑大橋が約40億円かかることから、近年流行?の民間資金を活用する事業(PFI=Private Finance Initiative)方式で検討したが国土交通省の『橋建設に民間のノウハウを持込むことは難しく、財政破綻の広島市の形態をかえた借金になるのでは?』との見解で計画がつまずいた事を知りました。『震災時落橋の危険が高いと判定されている』西平和大橋と緑大橋は1997(平成7)年度耐震補強(橋脚と橋桁をボールト等で緊結などの対策を)したそうですが、平和大橋は先行架替を予定していたので補強工事はされていないとの事です。
07.08.30追加    05.01.18裕・記編集

05.01.13撮影
舟入町・小網町と観音地区を結ぶ緑大橋を≒南東よりみる

07.03.20撮影
橋塗り替え中の緑大橋を≒北西よりみる 平成19年4月27日まで
発注者:広島市中区建設部土木課第一土木係

05.01.13撮影
西よりみる
緑大橋

昭和二十八(1953) 年六月竣工
施工 合名会社水野組 ※
 

05.01.13撮影

1929 (昭和4)年 合名会社水野組を設立。 1945 (昭和20)年 戦災で本社焼失、同年10月に広島市宇品町に再建。
1954 (昭和29)年 株式会社水野組を設立、合名会社水野組を合併。
1967 (昭和42)年 社名を五洋建設株式会社と改め 現在に至る。



「広島の橋」編



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