こうへいばし げんばくひさいせつめいばん
工兵橋・原爆被災説明板

  工兵橋は白島(南)側にあった工兵第五連隊が牛田の演習場(工兵作業場)への連絡路として、1889(明治22)年に架橋され、1921(大正10)年吊り橋化されたそうです。
  1933(昭和8)年に塔柱RC造、木造吊橋として架け替えられたこの橋は、1945(昭和20)年8月6日原爆投下で多くの被爆者が牛田方面に逃れ一時牛田方面から市内へ入ることが制限されたそうです。被爆した工兵橋は爆風方向にかかっており被害はなかったそうです。
爆心地から≒2320m
07.08.22追加     00.07.30裕・記編集

’01.02.10撮影
白島北町と牛田本町6丁目を繋ぐ工兵橋の西詰(白島側)に原爆被災説明板が設置されています。
工兵橋・原爆被災説明板
爆心地から約2300m (≒2320m)
  工兵橋は、白島の陸軍工兵第五連隊(現在の安田学園の位置)と牛田の演習場を結ぶため、1933(昭和8)年に架けられました。
原爆によって白島地区はこの工兵隊附近を除いて全焼しましたが、この橋は損傷が少なかったため、おおぜいの被爆者が渡って避難していきました。

’03.06.30. 撮影

’01.02.10撮影
工兵橋・原爆被災説明板 二葉の里・歴史の散歩道:工兵橋説明板

’07.03.30撮影
工兵橋西詰(白島側)から原爆被災説明板、工兵橋、向こう牛田方面をみる



原爆被災説明板一覧」編


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工兵橋
工兵橋・原爆被災説明板
工兵橋水位観測所