つくも はし
九十九橋

  瀬野川に架かる橋の中でこの九十九橋の立派な事と以前より思っていたのです。
海田市駅附近の橋を≒五年ぶりに撮影して編集しようかなと思っていた時に中國新聞を読んでいるとこの九十九橋の事が記事になっていました。
『1945(昭和20)年8月15日敗戦の前日(8月14日)米軍の空襲で壊滅状態になった光海軍工廠(呉鎮守府所属)の骨組だった鋼材を使用してつくった橋』と・・・戦後の物資不足の為に廃材となったものを再利用した事がわかりました。橋は1950(昭和25)年6月竣工と橋銘板で知っていましたが、橋長70m、幅員4.6mという事もわかりました。
橋に使用した材料には空襲時の弾痕跡があることも知り後日撮影しました。
05.10.30追加   05.05.31再編集  00.10.01裕・記編集
   関連頁:九十九橋をもう少し見る

05.05.05撮影
広島県安芸郡海田町の窪町と大正町を結ぶ鋼製トラス橋の九十九橋をみる

05.05.05撮影
≒東(下流側)から九十九歩道橋と九十九橋

05.10.03撮影

05.10.03撮影
橋桁を下からみました 多くの傷跡と思われる孔がありました

05.05.05撮影
≒西南よりみる 九十九橋、(津)くもはし  昭和二十五年六月竣工

05.05.05撮影

05.05.05撮影
九十九歩道橋
昭和五十(1975)年三月竣工

’00.09.04
2000年に撮影したものです、左手白いビルの横に茶色のビルがたったようです・・・
山口県光市
1938(昭和13)年に島田村から光井村にかけて海軍工廠を建設することになり、周辺の浅江村、三井村、島田村及び光井村の四ヶ村が合併、1939(昭和14)年に周南町が発足。1940(昭和15年)海軍工廠が「光海軍工廠」と命名されたことから、町名を光町と改めた。その後光町と室積町の二町が合併、1943(昭和18)年4月1日に光市が誕生。
関連頁:(旧光海軍工廠の鉄骨も使って再建された)本川橋 06.11.14追記



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