きやうはし
京 橋
(被爆橋梁)
  毛利輝元が広島城に入城したその年、1591(天正19)年に、京に向かう橋※ということで「京橋」が誕生したそうで、京橋川は京橋が架けられた川と言うことで明治以降呼ばれたそうです。
現在の京橋は、1927(昭和2)年8月国道橋として架橋されました。橋長:64.5m、幅員:8m、上部:ゲルバー鋼鈑桁橋、下部:壁式橋脚1945(昭和20)年8月6日原爆で親柱の上部がずれた程度で通行には支障はなく、被災者が続々と渡ったそうです、(後の枕崎台風の被害もなかったそうです。)
爆心地から≒1,380m 
  京橋は、全国各地にあるようです(あったものも含め)東京、大阪、神戸、舞鶴、和歌山などに・・・
京橋という橋銘版に『ひらがな:きやうはし』『漢字:京橋』とあり、京に向う側にはひらがなで、京から(学問を修めて帰ってくることから)帰ってくる側には漢字で表示の版が付けられるのが普通だと・・・しかしここ広島の京橋は逆になっている、これはおかしいという話(原爆被害を受けて補修するときに職人が間違って付けたのでは?などという方もおられますが、この話を聞いたときわたしは職人気質が色濃く残る戦後間もない頃そのような単純な間違いをする職人がいたとは考えにくいと思い職人を馬鹿にした話だと思ったものでした)を以前から聞いていましたが、今回、説明板が設置された頁を編集しましたので、この話も取上げてみました。
 ※最初の京橋は長さ36間5分(≒65m)幅3間5分(≒3.5m)と古文書に記録があるそうです。
資料は広島市市民局国際平和推進部などの資料を参考にしました   07.06.19追記     00.07.30裕・編集
関連頁現存の被爆橋梁 京 橋栄 橋比治山橋猿猴橋荒神橋観光橋
関連頁:(京橋西詰北側に2006年10月に設置された)説明板  07.06.19追記

’04.04.06撮影
広島市中区橋本町と南区京橋町を繋ぐ京橋(満潮時)を≒北東よりみる。

’05.02.02撮影

’00.07.22撮影

’04.02.08撮影

’04.02.08撮影
2000年には落書きは無かったのですが・・・ 昭和二(1927)年六月竣功とあるが資料では8月となっている

’00.07.22撮影
親柱 きやうはし 昭和二年六月竣成

’00.07.22撮影
後ろに見える山が二葉山で仏舎利塔(映り悪いが)も見える



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