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1945(昭和20)年8月6日被爆時欄干など一部が熱線により自然着火したがこれを消火、比治山への被災者が続々と渡ったそうです、爆心地より≒1650m。
被爆の惨禍から復興していく過程を被爆に耐えたシダレヤナギとともにみてきたのでしょうねその橋も架替えの為に1957(昭和32)年解体。 |
| 現在の橋は4代目の鶴見橋( 連続鈑桁、長さ96,8m、車道幅9.25m、歩道幅5m)として1990(平成2)年3月竣工しました。 |
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04.04.06撮影 |
| ≒南東より鶴見橋をみる (現在の橋は平成2年3月竣工) |
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04.04.06撮影 |
| 原爆被災説明板は東詰北側に設置されています |
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鶴見橋・原爆被災説明板
爆心地から約1650m (被爆したヤナギ≒1700m) |
| 被爆当時、この橋の西側では動員学徒や義勇隊の人びとが、焼夷弾などによる延焼を防ぐため、建物疎開作業に従事していました。人類史上最初の原爆投下により、この作業に動員されていた多くの人びとが犠牲になりました。原爆の強烈な熱線により欄干など(※当時木造橋)に着火しましたが、すぐ消し止められ、多くの被災者がこの橋を渡って比治山などに避難しました。シダレヤナギもかろうじて被爆に耐え、今日まで生き続けています。 |
| 東詰めから撮影された鶴見橋とシダレヤナギ 1945(昭和20)年9月 松本栄一氏撮影 |
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| 1880 |
明治13年 |
木製桁橋として竣工 |
| 1957 |
昭和32年 |
架替えのため解体 |
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