稲荷町電車専用橋・原爆被災説明板

  ほぼ同位置に架橋されていた被爆した稲荷町電車専用橋は鉄橋として、大正元(1921)年11月竣工、昭和20(1945)年8月6日被爆の惨禍を経て架替えのために昭和25(1950)年解体されました。
爆心地より≒1350m
架替えられた稲荷大橋は、戦後最初の電車併用橋として1950(昭和25)年に架けかえられたと聞きます。
07.06.10更新    00.07.30裕・編集
   関連頁:稲荷大橋

’06.12.11撮影
広島市中区橋本町9 稲荷大橋西詰北側
稲荷町電車専用橋・原爆被災説明板
爆心地から約1350m
  京橋川に架かるこの鉄橋は、人類史上初めての原子爆弾により、爆風でレールが上下左右に波打ち、熱線で枕木が焼けこげました。市内電車の専用橋でしたが、下流の柳橋が焼け落ちたこともあり、市内中心部から郊外へ避難するため、多数の被爆者がこの橋を渡りました。橋の下では、無数の死体が浮かぶ川に、水を求める人が殺到しました。
爆風によりレールが曲がった稲荷町電車専用橋
1945(昭和20)年8月11日 宮武甫氏撮影
※1912(大正元)年11月竣工した鉄橋でした。
戦後最初の電車併用橋(稲荷大橋)として1950(昭和25)年に架けかえられました。

’04.04.06撮影



原爆被災説明板一覧へ 広島の橋ぶらり散歩