ほんかわ ばし
本川橋

  本川橋は、毛利輝元が広島城・城下町を築いた天正年間(1573〜1592)に、猫屋九郎右衛門が私財を投じ架橋したことから明治時代頃までは猫屋橋と呼ばれていました。1897(明治30)年鋼鈑トラス橋として竣工した橋は当時最新式の橋だったそうです。
1945(昭和20)年8月6日被爆(爆心地から≒410m)したため橋桁が移動して渡るには危険な状態だったが、板を渡すなどして応急修理されました。
しかし、同(昭和20)年9月の枕崎台風で落橋しましたが、残った(被爆した)橋脚を利用して1949(昭和24)年残材料を再利用などして鉄製トラス橋として架橋され現在に至っています。長さ73.2m、幅6.6m。
05.04.13追記  00.08.06裕・編集
   関連頁:本川橋の「ど根性シンジュ

’05.02.17撮影
広島市中区堺町(や猫屋町)と中島町・平和記念公園を結ぶ本川橋を≒南東よりみる

’05.01.12撮影
現在は平和記念公園(中島町)と堺町(猫屋町)を結ぶ橋、≒北西からみる

’00.08.14撮影

’00.08.14撮影
東詰 南西より見る (後ろ基町クレド・ビル)
被爆した本川橋の石材
  この石材は本川橋の東側河岸と橋桁との繋ぎ目に部分に路面用の石として使用されていたものです。
昭和20(1945)年8月6日に被爆した後も長く使われていましたが平成15(2003)年の橋の補修により取り外されたことを機にこの場所(本川橋東詰北側)に保存しています。
なお本川橋は橋脚とこの石を残し昭和24(1949)年に架け替えられています。
 
広島市

’05.02.17撮影
 
’05.02.17撮影

’00.08.14撮影
親柱に塩カリ(防凍剤)の袋が・・・ 北東より見る
本川説明碑



























































































































































































西

























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広島ぶらり散歩「広島の橋」編



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