西平和大橋

  新大橋が1873(明治6)年木橋として架橋され架け替えられることになり、1922(大正11)年RC桁橋として竣工した橋は爆心地から≒620mであったが欄干が破損するなどの被害はあったものの渡ることができたそうです、しかし同(昭和20)年9月の枕崎台風で落橋したそうです。その新大橋とほぼ同位置に架橋されたのがこの西平和大橋なのです。
04.06.03追記   02.10.22裕編集
広島市は平和大通り新世紀リニューアル事業基本計画づくりを進めており、平和大橋、緑大橋を含め架替計画があることは知っていましたが・・・報道によると・・
広島市の試算で平和大橋が約45億円、西平和大橋が約55億円、緑大橋が約40億円かかることから、近年流行?の民間資金を活用する事業(PFI=Private Finance Initiative)方式で検討したが国土交通省の『橋建設に民間のノウハウを持込むことは難しく、財政破綻の広島市の形態をかえた借金になるのでは?』との見解で計画がつまずいた事を知りました。
『震災時落橋の危険が高いと判定されている』西平和大橋と緑大橋は1997(平成7)年度耐震補強(橋脚と橋桁をボールト等で緊結などの対策を)したそうですが、平和大橋は先行架替を予定していたので補強工事はされていないとの事です。
05.01.18裕・記編集

’01.04.05撮影
広島市中区河原町・土橋町と中島町(平和公園地区)を結ぶ西平和大橋を南西より見る
「平和大橋」の名称は、懸賞募集による1,400余点の中から決められたそうで、平和大橋が日の出(未来)を、西平和大橋が日の入り(過去)を表現したデザインだそうです。 米国の彫刻家イサム・ノグチによるデザインです。

 ’02.11.01撮影

 ’01.04.05撮影
(西平和大橋も手摺は低いと・・・自転車とすれ違う時などは危ないと思います、もう少し高くすべきとデザインよりも安全と思います:裕記)

04.01.31撮影

04.01.31撮影

’01.04.05撮影

’01.04.05撮影
平和記念公園方面を(基町クレド)見る 北東より見る   中國新聞社屋が見える



平和記念公園附近の橋


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